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Agnès b.

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長く愛されるブランド、アニエスベー

繊細でありながらシックでカジュアルなスタイルを生み出し続けているアニエスベーは、「心境を表現するスタイル」をパリジャンたちに定着させる立役者となりました。
「私にとって服は、その人に合うかどうかというフィーリングがすべてで、表現手段の1つに過ぎないのです。誰かをいい気分にしたり、魅力を感じてもらったり、より良くすることができれば嬉しいです。」

1973年、アニエスベーはブランド名を登録しました。このブランド名の背景となるエピソードは60年代に遡ります。当時『ELLE』で働いていた彼女は、書いた記事に署名をする必要がありました。 「準備していなかったのです。[中略] だからこう言いました、「アニエスベー (agnès b.) とだけ書いておいて」と。ライターのフルネームを使わないときは、記事の署名はそのように記載することになっていて、その時自分の手書きのサインからロゴを考案したのです。」

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1号店のオープン!

アニエスベーは最初のショップをパリのレアール地区にある古い肉屋を全面改装して開業しました。その地区は当時急激に発展している最中でした。この1号店は、オフィスやアトリエとしてだけでなく、表現の場、あるいは出会いの場としても使われました。壁には、グラフィティや、様々なポスターが貼られ、鳥が自由に飛び回り、座って会話を楽しみ、音楽を聴くことができる場所でした。後になってアニエスベーはこう言います。「私は長い間、その時々のトレンドではなく、とてもシンプルな服、そしてそれらと組み合わせるいくつかの女性らしい服を見せる場所が欲しかったのです。私はシンプルで、少し粗野な素材、そして着心地のよい素材が大好きです。」

 

カーディガンプレッションのはじまり

「私は毎日のように着ていたスウェットシャツをもっと実用的にしたいと思って、大きなハサミで切ってみたのです。何かを創り出しているなんて気が付きもせずにね!」

ニューヨークへの出店

ソーホー地区にニューヨーク最初のショップをオープンしました。

agnès b. ENFANT第1号店

パリのジュール通り2番地に子供服のライン、agnès b.  ENFANT (アニエスベー アンファン) の最初のショップをオープンしました。

agnès b. HOMME第1号店

パリのジュール通り3番地にメンズ服のライン、agnès b. HOMME (アニエスベー オム) の最初のショップをオープンしました。

ギャラリー デュ ジュール

「「私は自分の好きなものを見せるギャラリーを作りたかったのです。ギャラリーと呼んでいるけれど、物事の色々な側面を見せるための場所、といえるのではないかしら。イメージを拡散する新しい方法を考え出して、皆がそれにアクセスできるようにしたいと思っています。場所はまだきれいではないし、肉屋の面影が残っていますが、人々がまた来たいと思って集まる活気のある場所になればと思っています。」

1984年のオープン以来、ギャラリー デュ ジュールは現代アートギャラリーとして多くのアーティストの作品を紹介してきました。

日本への出店

1983年に日本支社を設立し、翌1984年には東京・青山にショップをオープン。『東京のアニエスの家』と名付けられた青山店はいつも多くの人で賑わっていました。

カーディガンプレッションの写真集を出版

1986年、アニエスベーはジャン=バティスト・モンディノ、ジル・ベンシモン、ドミニク・イッセルマン、ジャンルー・シーフなど64名の写真家を選び、カーディガンプレッションを撮影。それらの写真は同年にギャラリー デュ ジュールにて展示され、写真集『Des photographes et le cardigan pression』(写真家たちとプレッション・ボタン・カーディガン) としても出版されました。

 

ロンドンへの出店

ロンドン初のショップはフルハムロードにオープンしました。

 

サラエボハート 

1993年にサラエボ包囲が始まると間もなく、アニエスベーはパリから2時間足らずの場所で戦争が起き、包囲された市民たちが貧窮していることへの怒りに震えながらハートのモーチーフをデザインしました。そしてそのハートのピンバッジはアニエスベー全店で販売され、売上金はサラエボ市民の食料や薬を送っていた「プルミエール・ユルジャンス」という団体へと寄付されました。現在、アニエスベー財団は「サラエボのハート」コレクションの売上収益を、「教育によるボスニア・ヘルツェゴビナの再建」という団体に寄付しています。この団体は、サラエボ包囲の際にサラエボ市の守備を請け負っていたディヴィアック将軍によって設立され、サラエボ戦争によって孤児となったり、障がいを負った子供たちが学校や大学に復学し、教育や余暇の活動に参加できるよう支援を行っています。

agnès b. VOYAGEローンチ

1993年、アニエスベーはバッグと小物のライン、agnès b. VOYAGE (アニエスベー ボヤージュ) をローンチ。端正なラインと美しい素材を使用し、毎シーズン、レディースとメンズのコレクションを展開しています。

 

コンドームの無料配布

エイズ予防啓発運動の一貫として、1995年よりアニエスベーショップにてコンドームの無料配布を開始しました。

香港への進出

1995年、アニエスベーの香港支社を設立しました。

 

ポンピドゥー・センターで写真展開催

1996年、パリのジョルジュ・ポンピドゥー・センターにて『Des photographes et le cardigan pression』 (写真家たちとプレッション・ボタン・カーディガン) 展を開催しました。

『ポワンディロニー』創刊

「私のアートへの愛情からポワンディロニーという冒険が始まりました。発行部数は1万から3万部で、可能な限り多くの人の手に渡るように、世界中のギャラリー、美術館、カフェ、学校、映画館、アニエスベーショップで配布されています。電子化の時代に敢えて、触り、読み、額装したり、集めて保存することができる紙の作品を提供するというのがアイディアのもとでした。」

ポワンディロニーは年に約4回のペースで発行され、アニエスベーとハンス=ウルリッヒ・オブリストがアーティストを招待し自由に作品を展開しています。ポワンディロニーという名前は、19世紀の終わりにフランス人作家のアルカンテール・ド・ブラームによって考案され、文書の皮肉めいた内容を指し示すために (感嘆符や疑問符と同様に) フレーズの最後に使われる記号に由来しています。

SPORT b. ローンチ

1999年には、sport b. (スポーツ ベー) をローンチ。ノースリーブや袖の付いたフード付きTシャツや、起毛したメルトン素材のスウェット、小物など、若者向けのユニセックスなコレクションを展開しています。気軽に着ることができ、着心地の良いスポーツ用のアイテムが揃います。

アニエスベーフォトコレクション展

2000年、アニエスベーのフォトコレクション展をパリCNP (国立写真センター) にて開催しました。

アニエスベー シネマ創設

2003年、香港アートセンター内にアニエスベー シネマが創設されました。

タラ財団設立

タラ財団は2003年に設立されたフランスの非営利団体で環境保護のために活動しています。非常に過酷な状況にも耐えうる科学探査船タラ号は、高度な研究のためのプラットフォームとなっています。

 

「私の愛するタラ号!
そう、このスクーナー船は、出会ってからずっと、私にとってかけがえのないもの。とても美しくて、とてもシンプル!船にあるものは全て無駄がなく美しいのです。タラ号の冒険や挑発的な熱意を誇らしく、そして勇ましく思います。」

アニエスベー

プライベートアートコレクション展

2004年、アニエスベーのプライベート現代アートコレクション展をトゥールーズのレザバトワール美術館にて開催しました。

Vejaとのコラボレーション

シューズブランド、Veja (ヴェジャ) とその創業2年目からコラボレーションをスタート。アニエスべーはエシカルであること、こだわりのデザインと素材、色に非常に魅力を感じています。

ブランド創立30周年記念イベント

アニエスベーブランドの創立30周年を記念して、パリのオランピア劇場で大規模なファッションショーとライブを開催。ライブにはアニエスベーと親交の深いパティ・スミスも参加しました。音楽に情熱を燃やすパティ・スミスは、アニエスベーにとって「若者たちにとって生きる神話であり、彼らのファッションに強い影響を与える存在」です。

 

アニエス・トゥルブレ寄付基金設立

アニエス・トゥルブレ、通称アニエスベー財団が2009年に設立。この財団は、社会の不公平なことに対する闘いや環境保護に対するアニエスベーの深いコミットメントを実践する使命を担うと同時に、文化や創造に対する継続的な支援も行っています。

To b. by agnès b.のローンチ

To b. by agnès b. (トゥービー バイ アニエスベー) は、アニエスベーが愛する若い女性たちに向けて作ったライン。アニエスベーは彼女たちのために服をデザインするのが大好きです。

「自分がその年齢だったら着たいと思うものを想像するの。」

 

Dimとのコラボレーション

2011年、アンダーウェアブランド、DIMと共同でレディースとメンズのアンダーウェアを展開しました。

アニエスベー初長編監督映画『わたしの名前は...』公開

アニエス・トゥルブレ、通称アニエスベーの初の長編映画作品である『わたしの名前は…』はフィクション映画で、ダグラス・ゴードン、ルー=レリア・デュメールリアック、シルヴィー・テステュー、ジャック・ボナフェ、マリー=クリスティーヌ・バロー、ジャン=ピエール・カルフォンらが出演。2014年4月23日にフランスで公開され、世界各国の映画祭にて上映されました。

JAINへの衣装提供

シンガーのJAIN (ジェイン) は、楽曲『Come』のクリップでアニエスベーの象徴的なルックスの1つである小さな丸襟のついた黒と白のワンピースを着用。以来、アニエスベーは定期的にジェインに衣装提供を行っています。

LAMでの展示

2015年、アニエスベーのコンテンポラリーアート・コレクションがLAM (リール・メトロポール現代美術館) にて展示されました。

 

『vivre !!』展

2016年、国立移民史博物館にてアニエスベーの現代アートコレクション展『VIVRE !!』が開催されました。

書籍『agnès b. styliste』発売

前年にブランド創立 40 周年を迎えたアニエスベーの軌跡をたどる書籍『agnès b. STYLISTE (アニエスベー スティリスト)』が発売されました。

ヴェルサイユに新店をオープン

2016年、アニエスベーが生まれ育った街、ヴェルサイユに新店をオープンしました。

 

40周年祭

アニエスベーの創立40周年を記念して、パレ・ド・トーキョーでファッションショーを開催。ブランドのDNAを呼び起こすルックスがランウェイを飾りました。

アニエスベーアートコレクションを展示

アニエスベーのアートコレクションから400点以上の作品をアヴィニョンにあるCollection Lambertにて展示しました。