ヒストリー
繊細でありながらシックでカジュアルなスタイルを生み出し続けているアニエスベーは、「心境を表現するスタイル」をパリジャンたちに定着させる立役者となりました。
「私にとって服は、その人に合うかどうかというフィーリングがすべてで、表現手段の1つに過ぎないのです。誰かをいい気分にしたり、魅力を感じてもらったり、より良くすることができれば嬉しいです。」
1973年、アニエスベーはブランド名を登録しました。このブランド名の背景となるエピソードは60年代に遡ります。当時『ELLE』で働いていた彼女は、書いた記事に署名をする必要がありました。「準備していなかったのです。[中略]だからこう言いました、「アニエスベー(agnès b.)とだけ書いておいて」と。ライターのフルネームを使わないときは、記事の署名はそのように記載することになっていて、その時自分の手書きのサインからロゴを考案したのです。」
1975 1号店のオープン!
「私は長い間、その時々のトレンドではなく、とてもシンプルな服、そしてそれらと組み合わせるいくつかの女性らしい服を見せる場所が欲しかったのです。私はシンプルで、少し粗野な素材、それに着心地のよい素材が大好きです」
アニエスベーは最初のショップをパリのレアール地区にある古い肉屋を全面改装して開業しました。その地区は当時急激に発展している最中でした。この1号店は、オフィスやアトリエとしてだけでなく、表現の場、あるいは出会いの場としても使われました。壁には、グラフィティや、様々なポスターが貼られ、鳥が自由に飛び回り、座って会話を楽しみ、音楽を聴くことができる場所でした。
1979 カーディガンプレッション誕生
「私は毎日のように着ていたスウェットシャツをもっと実用的にしたいと思って、大きなハサミで切ってみたのです。何かを創り出しているなんて気が付きもせずにね!」
1980 ニューヨークへの出店
ニューヨークの最初のショップは、ソーホーのプリンス・ストリート116番地にオープンしました。当時はまだ工業地区だったこの地区は、70年代のパリのレアールと同じように変化している最中でした。「パリのジュール通りに店を開いた時と同じように、自分たちが開拓者になった気分でした」アニエスベーのパリらしさの溢れるコレクションは、すぐにアメリカのジャーナリストたちの関心を集めました。
1981 AGNÈS B. ENFANT第1号店
「私はいつも、大人と子供、2つの世界の間にいるのです」アニエスベーは子供服のラインを立ち上げ、パリのジュール通り2番地にagnès b. ENFANT (アニエスベー アンファン) の最初のショップをオープンしました。
1981 AGNÈS B. HOMME第1号店
パリのジュール通り3番地にメンズ服のライン、agnès b. HOMME (アニエスベー オム) の最初のショップをオープンしました。
1984 ギャラリー デュ ジュール オープン
「私は自分の好きなものを見せるギャラリーを作りたかったのです。ギャラリーと呼んでいるけれど、ペインティング、彫刻、写真、物事の色々な側面を見せるための場所、といえるのではないかしら。同時に毎回、下絵、ステンシル、スクリーンプリント、版画など、イメージを拡散する新しい方法を考え出して、皆がそれを手にできるようにしたいと思っています。またギャラリー主催の展覧会も行います。場所はまだきれいではないし、肉屋の面影が残っていますが、人々がまた来たいと思って集まる活気のある場所になればと思っています。」
1984年のオープン以来、ギャラリー デュ ジュールは現代アートギャラリーとして多くのアーティストの作品を紹介してきました。
1984 日本への出店
アニエスベーのコレクションは日本人に愛され、またたく間に評判になりました。『東京のアニエスの家』、と名付けられた青山店はいつも多くの人で賑わっていました。
1986 写真集『(写真家たちとプレッション・ボタン・カーディガン)』
1986年、アニエスベーはジャン=バティスト・モンディノ、ジル・ベンシモン、ドミニク・イッセルマン、ジャンルー・シーフなど64名の写真家を選び、カーディガンプレッションを撮影。それらの写真は同年にギャラリー デュ ジュールにて展示され、写真集『Des photographes et le cardigan pression』(写真家たちとプレッション・ボタン・カーディガン) としても出版されました。
1987 ロンドン初のショップがフルハムロードにオープン
1993 バッグとレザー製品のライン、agnès b. VOYAGE (アニエスベー ボヤージュ)が誕生
1993年、アニエスベーはバッグのラインをローンチ。端正なラインと美しい素材を使用し、毎シーズン、レディースとメンズのコレクションを展開しています。


1993年 サラエボハート
1993年、サラエボ包囲が始まって間もなく、アニエスベーがハートのモチーフをデザインしました。それから20年以上を経る中で、そのハートのピンバッジはアニエスベー全店で販売され、売上金はサラエボ市民の食料や薬を送っていた「プルミエール・ユルジャンス」という団体へと寄付されました。現在、アニエスベー財団・基金は「サラエボハート」コレクションの売上収益を、「WARM財団」へ寄付しています。この団体は、サラエボ包囲の際にサラエボ市の守備を請け負っていたディヴィアック将軍によって設立され、サラエボ戦争によって孤児となったり、後遺症に苦しんだりしている子供たちが学校や大学に復学し、教育や余暇の活動に参加できるよう支援を行っています。
1995 コンドームの無料配布
エイズ予防啓発運動の一貫として、アニエスベーショップにてコンドームの無料配布を開始しました。
1995 香港への進出
1996 ポンピドゥーセンターで『Des photographes et le cardigan pression』 (写真家たちとプレッション・ボタン・カーディガン) 展を開催
1997 『ポワンディロニー』
「私のアートへの愛情からポワンディロニーという冒険が始まりました。発行部数は毎号10万から30万部で、可能な限り多くの人の手に渡るように、世界中のギャラリー、美術館、カフェ、学校、映画館、アニエスベーショップで配布されています。電子化の時代に敢えて、触り、読み、額装したり、集めて保存したりすることができる紙の作品を提供するというのがアイディアのもとでした。」
ポワンディロニーは年に約4回のペースで発行され、アニエスベーとハンス=ウルリッヒ・オブリストがアーティストを招待し自由に作品を展開しています。ポワンディロニーという名前は、19世紀の終わりにフランス人作家のアルカンテール・ド・ブラームによって考案され、文書の皮肉めいた内容を指し示すために (感嘆符や疑問符と同様に) フレーズの最後に使われる記号に由来しています。
1999 SPORT b. ローンチ
アニエスベーのフォトコレクション展、フランス国立写真センター(CNP)にて開催
2003 香港アートセンター内にアニエスベー シネマ創設
2003 タラ財団設立
2004 トゥールーズのレザバトワール美術館にてアニエスベー プライベート現代アートコレクション展開催
2006 VEJAとのコラボレーション
2006 パリのオランピアでブランド創立30周年記念イベント開催
2009 アニエス・トゥルブレ、通称アニエスベー財団設立
2009 To b. by agnès b.のローンチ
To b. by agnès b. (トゥービー バイ アニエスベー) は、アニエスベーが愛する若い女性たちに向けて作ったライン。アニエスベーは彼女たちのために服をデザインするのが大好きです。
「自分がその年齢だったら着たいと思うものを想像するの」
2011 DIMとのコラボレーション
2014 映画『わたしの名前は・・・』公開
2014 シンガーJAINへの衣装提供
2015 LAM (リール・メトロポール現代美術館)での展示
2016 『VIVRE !!』展
ブランド創立 40 周年を記念し書籍『agnès b. STYLISTE (アニエスベー スティリスト)』が発売
2016 ヴェルサイユに新店をオープン
2016 40周年!
2017 アニエスベーのアートコレクションから400点以上の作品を、アヴィニョンのCollection Lambert(ランベール・コレクション)にて展示
2018 書籍『Les années agnès b.』(アニエスベー時代/ミリアム・ ショパン、オリヴィエ・ファロン著)発売
2019 『ファム・ファタール』、ファッションにおける強い女性
2019 パリ、シャイヨー通り1番地2号のショップオープン
2019 アニエスベー・ローズ
2019 書籍『Le cardigan pression』(カーディガン・プレッション)発売
2019 カーディガンプレッション40周年!
2019 書籍『Je chemine avec...』と『Je crois en l'âme...』の発売
2019 東京、渋谷にアニエスベーの新しいコンセプトストアがオープン!